AVVENIRE 再考

9.『ARIA The AVVENIRE』

 レビューとしては最後の項目になるが、二〇一五年に放映された劇場版の話をしようと思う。この映画は、アニメーション十周年を記念して作られた完全新作となっている。詳しい話はあとでするとして、とりあえず見た感想を一言で表すならば、

ARIA』は変わらずそこにあった。

 この一言に尽きるだろう。

 パンフレットのキャストインタビューを読むと、いかに彼女らが『ARIA』という世界を心に持ち続け、この時を熱望していたかを知ることができる。監督をはじめとしたスタッフたちの作品に対する深い愛情が、数年越しの奇跡を起こした。恥ずかしいセリフ禁止、と突っ込まれそうだが、本当にそう思えるくらい、映画は良いものだった。

 僕がここでいくら感想を言っても始まらないので、まずは時系列や、その他新登場のキャラクターの紹介をしよう。

 この映画は、三篇の短いお話をまとめたものである。

 一話の時点でアイちゃんがすでにシングルであることから、「ORIGINATION」の最終話から結構な時間が経過しているであろうことが分かる。

 一話から三話まで、それぞれアイたちの現在の物語と、灯里やアリシアの過去の物語が交わるように語られる。

 この映画全体を通しての見どころは、二つ。

一つは、あんなに幼かった灯里が、優しいお姉さんになっている点。年末年始に久しぶりに会った親戚のおじさんのような気分で感涙してしまった。

 もう一つは、やはり新しい後輩たちの活躍であろう。今やすっかり落ち着いた灯里や藍華たちが、かつて持っていたエネルギッシュな「素敵パワー(映画でそう呼んでいた)」を、彼女たちもまた持っている。

 次の世代が動きだすワクワク感は、新鮮で、こそばゆい。

 

【一話】――「その 逢いたかったあなたに…」

  • あらすじ

 朝の支度をする灯里は、窓の外に立っている晃に気付く。

 彼女はアリシアの「裏誕生日」を祝福するためにプレゼントを持ってきたのだが、生憎アリシアはゴンドラ協会のゲストを急きょ案内することになり、会えないことが分かる。

 帰ろうとする晃に、灯里は言った。

「自主練習に付き合っていただけませんか」

 アリシアがよく使うコースを進みながら、彼女を探す二人。しかし、とうとうその姿を見つけることはできなかった。

「実は、今日もプレゼントを渡しに来たわけではないんだ」

 夕方、晃は悲しそうに話し始めて――。

 

  • 人物、単語など説明

《裏誕生日》

 アクアの自転周期や公転周期は地球と大きく異なり、『ARIA』の設定では地球の十二ヶ月が、アクアでの二十四ヶ月にあたる。

そのため、正式な誕生日とは別に、その十二か月後に「裏誕生日」と呼ばれる日があり、ネオ・ヴェネツィアではそれを祝うことがある。

 

  • レビュー、おすすめポイントなど解説

 輝く水面、鳥の鳴き声、回る風車。

ARIA』が帰ってきた。それだけで奇跡なのだが、「鳥と仲良くなろう作戦」を決行するも失敗するいつものアリア社長、それを見守るどこか大人びた灯里、「諦めなければ叶います!」と元気いっぱいのアイ。

さっそく見せてくれる、新しい「ARIA COMPANY」の姿は、僕たちがずっと待ちわびてきたものであった。

最初のやりとりが第一のおすすめポイントなのだが、『ARIA』をまだ見ていない人たちには、なかなか分かりづらい感覚だと思う。他の見るべき点を挙げよう。

 なんといっても、「水の三大妖精」たちが浮かべる、子供のような笑顔が印象的。

ウンディーネとして観光案内をしている最中は、他の人に話しかけるのは禁止されている。だから、奇跡的に果たせた再会であっても、彼女らは祝福の言葉を交わすことはない。

それでも、彼女らは満足そうに笑う。

それは数年前、毎日一緒に練習していた頃のような笑顔。

夕焼けの美しいネオ・ヴェネツィアを背景に、アテナ・グローリィのカンツォーネが響く。

もう一度言わせていただく。『ARIA』が帰ってきた。

 

 

【二話】――「その 暖かなさよならは…」

◎ あらすじ

 自主練習の最中、見慣れない路地を見かけるアイ。その奥に、猫とは思えないほど大きな、けれど確かに猫の影が動く。

「ケット・シーだ」。そう確信するアイは影を追いかける。その先にいたのは、アイと同じ、シングルの二人組であった。

 

 ネオ・ヴェネツィア七不思議のひとつである、「不幸の石」。町の人間たちも避けて通るその石を踏むと、とにかく良くないことが起こるという都市伝説があった。

 最近ケット・シーに会えなくなっていた灯里は、その石を踏めば、彼にもう一度会うことができると思い――。

 

 

  • 人物、単語など説明

《あずさ・B・マクラーレン

「姫屋」に所属し、支店長である藍華の指導のもとで一人前のウンディーネを目指している、シングルの少女。自らを「有望株」と称するなど自信家な面を持ち、知らないことにはとりあえずチャレンジしてみる性格。

 

《アーニャ・ドストエフスカヤ》

オレンジぷらねっと」に所属し、「黄昏の姫君(オレンジ・プリンセス)」ことアリス・キャロルに指導を受けている、シングルの少女。初対面の相手に向かって「シベリア送りです」と口走るが、意味は理解していない。天然でおっとりしていて、口調がたまに文学調になる。

あずさとは練習友だち。

 

《ケット・シー》

 伝説上の大猫。猫の王国を統べる王様であり、黒いからだ、胸元の白いブチがトレードマーク。

ARIA』では「猫は、過去と未来を繋ぐ生き物と言われている(一期十二話)」ように、時間や空間を超える不思議な生き物として、猫が登場する回が多くあり、時々このケット・シーが絡んでいる。灯里が幽霊に連れ去られそうになった時に救ったり、踏み入れてはいけない異世界に灯里が進んでしまいそうになった時に制止したり、登場するときはいつも灯里を支えているイケメン猫。

 

 

  • レビュー、おすすめポイントなど解説

 アニメシリーズではやらなかった「ケット・シーとの別れ」の回を、劇場版で拾ってくれた。

 ネオ・ヴェネツィアの遥か上空から、ケット・シーと一緒に降下していく灯里。そこでお別れのやりとりが行われるのだが、普段の物語ではあり得ないほどの高い位置から俯瞰した、夕暮れのアクアの景色がとても美しい。

 それと、灯里の表情には是非注目したい。

 三話の台詞にもつながっていくことなのだが、「大切な人、大事な物と永遠に別れること」は悲しいことでありつつも、それが悲しいほど、心の底から大事に想っていた証なのだ。

「私、忘れません。貴方のこと……絶対に、忘れません」

その灯里の台詞、ケット・シーのまなざし、神秘的な音楽と、巨大な宝石のような黄昏時のネオ・ヴェネツィア

美しいおとぎ話を読んでいる気分になる。

そして、思い出話を語る灯里と、それを聞くアイちゃんという、昔であれば「アリシアと灯里」の構図がそのまま彼女たちに移っているということも、微笑ましい。

 

 

【三話】――「その 遥かなる未来に…」

  • あらすじ

 忙しい日々。灯里もまた、かつてのアリシアのように、同僚に会いたいという想いだけが募り続けていた。

 日ごろの感謝を込めて食事会を開こうと決めたアイたち三人組。その想いに応えるように、ネオ・ヴェネツィアアクア・アルタがやってくる。

 そしてアイ、あずさ、アーニャはそれぞれ動き出し、会場に彼女らの先輩三人とアリシア、晃、それにグランマを集めることに成功した。

 会が終わりに近づく頃、日ごろの疲れから、うたた寝をしているアリシアは、灯里との出会いの思い出を夢に見て――。

 

  • 人物、単語など説明

《アテナ・グローリィ》/《川上とも子

 水の三大妖精にして「天上の謳声(セイレーン)」の通り名を持つプリマであったが、現在はオペラ歌手として活躍しており、三話でも練習が長引き、食事会に来られなかった。

 実はこのアテナの声優である川上とも子さんは、二〇一一年にガンで亡くなっている。

 しかし、今回の『ARIA The AVVENIRE』では、スタッフクレジットに「アテナ・グローリィ役」として川上とも子さんの名前が載っている。またパンフレットのキャストインタビューでも、過去のインタビューを引用する形で掲載し、彼女も『ARIA』を一緒に作った仲間としてタブー視することなく、死を受け止めつつ尊敬の念をもって映画にアテナを登場させたスタッフの判断は、素晴らしいものだったと称賛したい。

 

  • レビュー、おすすめポイントなど解説

 新世代の三人が、アクア・アルタという奇跡(水害だけど)を呼び、グランマや三大妖精たちまでも予定を合わせて集まってしまうという、これまた大きな奇跡を起こす。

 まさに『ARIA』の世代交代と呼ぶにふさわしいエピソード。

 この話は、後半のほとんどの台詞が「名言」と呼べる言葉たちなので、レビューに代えていくつか紹介させていただきたい。

 

★『AVVENIRE 名言集』

「何だか――呼ばれたような気がしたんです」

 

 アリシアが弟子を募集してすぐ、地球に住む灯里から入社希望のメールが届く。「会社の将来を考え、責任をもって後輩選びをする」と決めていたアリシアであったが、灯里のこの言葉によって、彼女を社員として迎えることを決める。

 

「お別れは何時だって淋しいです。でも、それはたぶんいいことなんですよ、アリシアさん。

 淋しければ淋しいほど、悲しければ悲しいほど、それは……大好きな存在ができた証なんです。

 だから、この切ない想いもまた、幸せモノの証なんですよ」

 

 灯里と過ごす時間が長くなるほど、彼女が特別な存在になっていき、様々なことから目を逸らしてしまっていたアリシア

 アリシアは、灯里がとても大事にしていた「夜光鈴(光る風鈴)」とお別れをすることになったとき、どんな気持ちだったかを彼女に訊ねる。返ってきたこの言葉によって、アリシアはわがままで止めていた時間を、再び動かすことを決意する。

 

「叶わなかった願いの種は、胸の中に潜んで希望の光を放ち続ける。それは自分で消してしまわない限り、ずっとわくわくが続くのよ。叶わないと思っていた願いは、姿かたちを変えてひょっこり顔を出すこともあるの」

 

 アテナ先輩が来られなかったことへの嘆きに対して「でも、おかげで『願いの種』が消えずに済んだ」というグランマが、続けて周りに投げかける言葉。

 誰かに会いたい、何かをしたい、という願いは、叶わないこともある。しかしそれは、ただ悲しいだけのことではない。その願いを持ち続ける限り、人は前を向いて歩いていけるし、別の形に変わってその願いが叶う日が来る。

 今回の『ARIA The AVVENIRE』の舞台挨拶で、アリシア・フローレンス役の大原さやかさんが、

「(この台詞が)今回の作品につながっているので、本当に奇跡だと感じております。本日はミラクル記念日だと思っております」

 というコメントを残しているが、まさにその通り。アニメシリーズは完結してしまったが、劇場版という形で再び『ARIA』に触れる機会が生まれたのは、ミラクルである。

 アテナ役の川上とも子さんには、会いたいと思っても二度と会うことはできない。しかし、グランマの台詞のあとにどこからともなく聴こえてくる「ルーミス・エテルネ」は、たしかにアテナのものだった。アテナは『ARIA』で生き続けているし、彼女がいる限り、川上とも子さんもそこにいる。いつでも会うことはできるのだ。

 書いていて、このレビューのテンションが分からなくなってきたが、このグランマの台詞はそれだけ大きな意味を持っているし、このエピソードは本当に素晴らしいものだ。

 このエピソードのクライマックスでは、灯里や藍華、アリスがプリマへと昇格していくシーンのハイライトが流される。「本当にずるい」としか言えない演出だが、そんな演出もあるので、是非『ARIA』のアニメシリーズを最後まで見てから、この『AVVENIRE』をご覧いただきたい。